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駆け抜けた青い時、セピア色の日記と記憶
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凡人であることの憂鬱

kr私は今までの人生で二度、ほっとしたと同時に寂しさに似た失望を胸に感じたことがありました。




男性なら誰しも、子供の頃テレビアニメなどの主人公に憧れたことがあると思います。そして、そのストーリーのイメージを現実に持ち込んで、戯れたことがあるのではないでしょうか。

私が子供の頃、それは「仮面ライダー」ごっこであり、ある時は「ウルトラマン」ごっこでした。

また、幼心に「もしかしたら、実は自分は普通の人間ではなくて特別な能力を持った超人かもしれない」などと考えたりしたことはなかったでしょうか。

実は思春期をむかえる頃まで、私は自分のことを「異星人の遺伝子を受け継いでいる人間かもしれない」と考えていたのです。

…私は比較的早熟で小学校4年生の頃、「射精」を知りました。この事実には驚くばかりでした。何か悪い病気にでもかかったのではないかと思いましたが、恥ずかしくて誰にも相談できないでいました。

そして、その時「やっぱり、僕は普通の人間じゃないかもしれない!」と感じたのです。不安ではあったものの、妙な優越感を感じていたようにも思えます。

しかし、私はその翌年に落胆することになるのです。保健体育の授業で、それは自慰という、男性なら誰でもする行為と知らされたためです。

私は「みんなと同じか。一人で悩むんじゃなかったよ。」と安心しました。また、この時なんともいえない虚無な気持ちになったのでした…超人じゃなかったんだ…と。

時は流れ、高校生の頃、私はオートバイのレースに没頭していました。

ある日、私はサーキットのコーナーで転倒し、首の骨一部を骨折したことがありました。激痛に耐える中、担架に乗せられ、救急車で病院に運ばれました。

そして、病院に到着すると、すぐに頭部のレントゲン撮影をしました。

ベッドで安静にしている私のところに、医師がやってきて

「enkyo君、良かったね。これくらいの骨折なら1ヶ月もすれば治ると思うよ」と私にレントゲン写真を見せてくれました。

私は自分の頭部のレントゲン写真を見た後、再度ある失望感に襲われました。

「なんだ、やっぱり普通の人間と同じ骨格じゃないか…」と。

この時、私は再度「自分は超人ではなかった」ということを認識することになり、大きなショックを受けたのでした。

41歳になったenkyoはもう自分のことは超人とは思っていません。少し変わっているところもありますが、平凡な人間だと思います。

でも、肉体的には超人ではなくても精神的には超人のようなポテンシャルを持っているかもしれないと信じています。

そういうポジティブな勘違いこそが私のパワーの源であると信じています。
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