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駆け抜けた青い時、セピア色の日記と記憶
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St.Elmo's Fire

sef希望…将来への期待





セント・エルモス・ファイアー」は私が大学生の頃、20代の若者を中心に人気のあった映画です。真意の程はわかりませんが、当時の人気テレビドラマもこの映画がベースになっているという話を耳にしたことがあります。

この映画の特徴は、登場人物の中に「自分」を見つけられるというところでしょう。

ひたすら前に突き進むタイプの男性はエミリオ・エステベスに見ることができますし、自分の恋愛感情を表に出さずクールで思慮深いタイプの男性はアンドリュー・マッカーシーが好演しています。一方、デミ・ムーアは見栄っ張りで自分の感性に素直に生きる女性を演じ、地味でひたむきな恋を貫くタイプの女性も登場します。

もちろん、ライフスタイルや恋愛についてのスタンスは千差万別で「自分」は唯一無二の存在ですが、類似性というものは存在するのだと思います。

この映画はそれらのグルーピング化された類似性を登場人物のキャラクターに反映させ、様々なシーンで心の反応や行動の差異を適切に表現しているように思えます。

古来「聖エルモの火」は、嵐が過ぎ去る前兆といわれていたようです。そして、海図の精度もままならない、昔の船乗りの方にとっては最悪の事態におけるひとすじの希望だったのでしょう。(残念ながら、現代科学によってその正体は静電気であったと解明されてしまったようですが…)

大学の講義である小説の主人公が自殺未遂をし、その直後から急速に立ち直り、積極的な活動を始めたという話がありました。

この時、私はこのストーリーに疑問を抱き、教授にこう質問しました。

「悩んでいて自殺したけれど、意に反して死にきれなかったならばもう一度死のうとするのではないでしょうか?」と。

これに対して教授は、

「enkyo君、人間はどん底まで落ちるとその後には戻ろうとするものなのだよ」と話していたことを今でも覚えています。

このことは、おみくじで大吉を引いた人が「今が絶頂か…」と不安になり、逆に大凶を引いた人が心に希望を持つという話と同じ捉え方なのだと思います。

また、希望とは「将来への期待」という意味で、将来は未来であることから、我々が生きていてこそ体験できるということができます。

永遠に眠るということは死を意味しますが、日々の朝陽はひとときの眠りから我々を目覚めさせてくれます。もしかすると、燦々と輝く太陽は我々に希望というメッセージを送り続けてくれているのかもしれません。
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