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駆け抜けた青い時、セピア色の日記と記憶
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古い手紙

mm1992年7月27日、ある女性に宛てた手紙




日記にはさまれた封筒の中から一通の手紙が出てきました。

この手紙はある裕福な家庭のお嬢様に宛てたもので、彼女は女子大を卒業後有名企業に就職した当時28歳のとても美しい女性でした。

そして、彼女は周囲から常々「そろそろ結婚を考えたら?」と言われいたようでした。

ある日、彼女は「親が『結婚しろ』ってうるさいのよ。enkyoは結婚ってどう思う?」と私に相談を持ちかけたのだと記憶しています。そして、私はこの文章を綴り、彼女に郵送したのでした。

マリリン・モンローは36年の短い生涯に三度の結婚をしました。

最初は彼女が16歳の時で、高校時代の先輩であったジムと。彼はハンサムでバイオリンが弾けて、生徒会長も務めたことのある好青年でした。そして、彼は大企業に就職し、彼女にとっては前途に希望のもてる人だったといわれています。

二度目はプロ野球選手のジョー・ディマジオ。彼とはたった9ヶ月で別れてしまいました。

三度目は著書「セールスマンの死」で有名な作家アーサー・ミラー。彼女は彼との結婚で本気で子供を欲しがったと伝えられていますが、5年足らずで破局が訪れてしまいました。

社会通念上、離婚はあまり良い行いとはされていません。バツイチは眉をひそめられ、芸能人によくある複数回の結婚はまるで悪い性癖のように取り上げられています。そういえば牧師さんに「死が貴方たちを別つまで愛することを誓いますか」と質問され、「はい(I do.)」と答えたのだから、色メガネで見られても仕方がないのかもしれませんね。

マリリン・モンローは初めの結婚で「家庭の幸せ」を求め、二度目にしっかり自分を包み込んでくれる「包容力」を求め、三度目には「知性と教養」を求めたといわれています。

幼い頃から孤児院に入っていた不幸な生い立ちの彼女にとっては、どれもが持ち合わせのないものだったのかもしれません。私はあながち彼女の離婚を否定する気持ちになれないのです。彼女には自分にないものを手に入れようとする向上心があったと思うのです。

しかし、マリリンが普通の女性だったらよかったのに、彼女にはこの世のすべての男性を虜にできるほどのセクシーさがあったのです。そのため、彼女の望むものが容易に手に入ってしまい、結婚というものの本質を見極めることをしなかったのかもしれません。

彼女がどんな妻だったかを伝える話にこんなエピソードがあります…ある日、彼女は夜勤の夫に手作りのお弁当を持たせました。夫がそのお弁当を開けると小さなメモが入っていました…「あなたがこのお弁当を食べる時、私は眠ってあなたの夢をみていることでしょう」

こういう詩的な感情が彼女を苦しめ、死に追いつめたのかもしれません。

        自由が丘 ノーマ・ジーンにて with Jack Daniels


さて、この手紙を読んだ彼女はどんなことを感じたのでしょうね。私が読み返してみるに、その内容に困惑したのではないかと思います。また、当時独身だったenkyoも「結婚ってなんだろう?」という疑問が行間に読み取れるような気がします。

そして、私はこの手紙の文章やその構成にenkyoブログの原形があるように感じました。言葉足らずで荒削りな文章ですが、「コラムを書こう」という気合だけは伝わってきます。

当時、自由が丘にあったノーマ・ジーン(マリリン・モンローの本名)というバーで飲みながら書いた文章であることに工夫の跡がにじんでいるように思えます。
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