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駆け抜けた青い時、セピア色の日記と記憶
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1985.10.13 2/2

どういうわけなんだか、日記帳を換えた。…小学生の頃、まだ使えるノートをポイっと捨てて新しいものと交換したことがよくあった。また、そういうことのくり返しだったような気もする…。

なぜこの時にダイアリーを換えたのか?たしか、そのまえに使っていたダイアリーは「彼女」に贈ったのだ。当時19歳だった私は大学に入学する前までつけていたダイアリーを「ふられた彼女」に郵送したのだと記憶しています。
ダイアリーというのは個人の内面的な記録なのですが、それを「ふられた彼女」に贈った理由は「言葉や行動では十分に示せなかったけれど、僕は貴方をこんなに想っていた」ということを証明したかったではないかと思います。

今、40歳のビジネスマンである私が考えるに最後の悪あがきだったかと首をひねりますが、とことん自分の想いを主張したかったのだと思います。その後に多少の期待をもつことはあっても、ダイレクトな効果を望んだわけではなかったと思います。非常に素直な感情による不器用なアクションだったということだと思います。

また、「小学生の頃、まだ使えるノートをポイっと捨てて新しいものと交換したことがよくあった。また、そういうことのくり返しだったような気もする…」とありましたが、これを当時の恋愛に置き換えると熱い行動とは裏腹なドライな一面も感じられます。子供がとても熱心だったことに対して、ある時を境に妙にドライになってしまう場面と似ているように思えます。
青い時(1985年/青山学院大学1年生の頃) | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

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